日々是愉日。
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『WISH YOU WERE HERE』

TOMOKI -2006年7月24日
僕は一人っ子なのですが、小さい頃兄弟がいなかったせいで、基本的に何でも与えられる側として育ったので(早く言えば忍耐力に欠けてわがまま)、生活の局面局面で理想と現実が乖離しはじめるとイライラしたり、やたらと落ち込んで不安定になることがよくありました。皆が皆そうではないんでしょうが、一人っ子の悪いところはとにかく理想肌になりがちで、大抵の人たちが受け入れられる、簡単な世の中の矛盾ひとつにも納得出来ないところにあるといつも思います。
けれど僕がそんなことを考え始めた当時の大人の人が言う、『前向き』って言葉がまったく説得力を伴っていないこともありました。随分安い言葉だなと、何となく嫌になった記憶があります。確かに考えても仕方ないことだけれども、そういう観念的なことを考え続けるピンク・フロイドの、中でも一番好きなのがタイトルのこの曲です(長かった)。
ロジャー・ウォーターズは非凡な作詞家だなといつも思う訳ですが、バンドの詞集を買った時に読み返してて、言葉の使い方に改めて感動しました。シニカルで、どこまでも冷たくて救いようがない、そんな世界を持っている人なんです。
教育、世界情勢、あらゆる事柄が反映される彼の詞ですが、僕が個人的にもっとも共感出来るのが、彼の人間的なところ、とりわけバンドの前ヴォーカリスト、シド・バレットに宛てた言葉の数々です。初期フロイドのリーダーであり、熱烈な幻覚剤の信奉者でもあったシドは、音楽業界に身を置く中で、プレッシャーから精神に異常をきたし、バンド離脱を余儀なくされました。シドのその精神崩壊が、ロジャーの作品に深い影響を与え、他のメンバーにも暗い影をなげかけ、『狂気』という重要なテーマとフロイドが向き合うこととなりました。楽曲も初期のサイケなサウンドから長尺のドラマティックな曲構成へと変化し、その中でロジャーの精神世界が存分に表現され、狂気を生む社会について言及していくようになったのです。
そんなロジャーがシドをテーマにしていることが伝わるアルバムが、この曲が収められた『炎』であり、1曲目の『シャイン・オン・ユー・クレイジーダイヤモンド』と並んで、僕はこの曲を、彼なりのシドへのラブレターだと思っています。シニカルな詞に、少し冷めたメロディーライン、『おまえがここにいてくれればいいのに』という言葉。
かつて2001年のアメリカの爆破テロの時、死者を追悼する目的でハリウッドスターや、著名ミュージシャンが集まったテレビ特番で、リンプがこの曲を取り上げて演奏していましたが、この曲に込められたテーマの深さについてまたかんがえさせられました。
 

『THE BEAUTIFUL ONES』

TOMOKI -2006年7月17日
W杯も無事イタリアの優勝で幕を閉じましたね。沢山のお祝いメールをどうもでした。何かめっちゃ楽しみにしてた分、終わってしまうと何とも寂しい気分になりました。ありがとうイタリア。
何やかんやで7月も半ば。こないだ久しぶりにアメ村行って、名前忘れたけど小さなバーで、ヒカワ君とライブやってきました。普段堺をウロウロするだけの俺なんで、アメ村周辺の人の多さにウンザリ。服とか色々見たかったけど、週末の難波ではやる気無くしますね。でもまぁ久々ヒカワ君とやれて楽しかった。
んで次の日は京都遠征。たまにはゆっくり京都観光したいけど、ライブだけやってまた大阪へ。そしてまたしごとする日々で今に至っております。
毎月この時期になると、僕は深刻な金欠病になるので、今は空いた時間は出来るだけ家にいて、ジョージ・ガーシュインとマイルスを交互に流しながら本(大体ケルアック)を読む、極めて厭世的な生活をしています。『ラプソディ・イン・ブルー』、『カインド・オブ・ブルー』、あっ、ジョージもマイルスもどっちもブルーやんけ。でも梅雨にはよく似合います。
しかし今日はプリンスの曲を紹介しましょう。80年代を代表するファンク・スターにして、マイケル・ジャクソンやマドンナと違い歌って踊って何でも楽器が出来て、バングルスやシンニード・オコナーにヒット・チューンを書く、プロデューサーもやりゃエンジニアもやる、そんな天才プリンス!
タイトルにある曲は、彼の84年のモンスター・ヒットアルバム、『パープル・レイン』に収録されてます。あんまり有名な曲じゃないんですが、随分あとになってマライア・キャリーがカバーしてて、それ聞いた後で聞きなおしたらすごい好きになりました。プリンスの作るメロディーって、女性ヴォーカリストがすごいはまるんですよね。彼ファルセットを多用するんですけど、だからこそダイアナ・ロスも、バングルスも、マライア・キャリーでも、曲の解釈が楽なんでしょうね。本家プリンス版も、やっぱりねちっこいながら、ヴォーカリストとしてのプリンスのスキルの高さを見せつけてますが、他人に歌わせても更にメロディーを引き立たせるソングライティング力には脱帽。んでその代表格がこの曲だと思います。
ちなみにこの曲を収めた『パープル・レイン』、同名の映画もあるんですが、プリンス自ら主演してる激ショボ脚本映画にも関わらず全米で大ヒット!アルバムはどの曲も最高ですが、映画は突っ込みどころ満載。唯一ライブシーンはなかなか堪能出来ますけどね。天は二物を与えず、でしょうか。プリンス初心者の方は両方セットでご購入下さい。
そういえばこないだ出したアルバムが全米1位なってましたね。ロックの殿堂入りも果たし、ディアンジェロを始め、今やブラコン界で絶大なリスペクトを集めるプリンス、彼の浮き沈みを知る僕は、心から良かったねと思います。
 

愛するデルピエロ

TOMOKI -2006年7月5日
7月です。W杯のせいで寝不足です。だから今日は音楽には触れません。何せイタリアが決勝いきましたからね(^O^)
僕のイタリア好きは周りの友達がうざがるぐらいなんですが、とにかくイタリア代表は僕にとって特別なんです。ギター弾いたり音楽聞いたり、本読んだり、映画ばかり見てたインドアの俺に、サッカーってほんまに芸術やん!と思わせてくれたロベルト・バッジョに出会ったのがすべての始まりなんですが。
バッジョは優雅で芸術的なプレーをピッチで体現するサッカー選手でしたが、怪我や監督との確執など、数えきれない逆境に立たされながらもサッカーを続け、限界説のあった98年W杯でさえ見事に代表入りし、結果を残しました。その生きざまから、『苦悩することを義務付けられ、そして最後に勝利を得る』と誰かが言っていたけれど、その精神性とプレーに心打たれたわけです。
それ以来サッカーを好きになり、イタリア代表をずっと応援してきました。代表選手の背後にあるひとりひとりのドラマを知り、所属クラブでどれだけ活躍したか、またはどんな辛い状況にあったかなどをアタマに入れて毎回W杯を見ているのです。
前回では僕の好きなデルピエロも冷遇され、モレノとかいうアホ審判のせいで完全に格下の韓国に負けました。あの年は俺にとってもクソみたいな一年で(どうでもいいけど)、テレビの前でガックリきたものです。
そして今年!2年前の欧州選手権でもええとこ無しだったイタリアは監督をリッピに代えて爆進中!リッピと言えばインテル時代バッジョを冷遇した人ですが、さすが名将、今回は采配ピタリと当ててます。
インザーギも、トニも、デルピエロも、イアキンタも、ジラルディーノも、トッティも、ピルロも、フォワードとキーマンは皆点入れてるじゃないか。
昨日のデルピエロのゴールは、韓国に負けてからの俺の色々あった4年間のフラストレーションをすべて吹っ飛ばしてくれました。
さぁ、あとは決勝のみ!頼んだぜイタリア!

スケジュールにないけど、決勝前日の土曜にアメ村のバーにて、久しぶりにヒカワ君とジョイントします。詳細は彼のホムペにて!次の日は京都、んで決勝戦!