日々是愉日。

ムーディー
TTUCKER PAYNE -2008年1月23日
止めどなく芯から溢れ出す“何か”を堪えきれずまた、その刹那にも前進する我が身。
身体を進める為に踏み込んだアクセルの軽やかさと同じ様に何の抵抗もなしに体からこぼれる“何か”。
これを読んで気分を害してしまったら悪いので敢えてこれ以上詳しく書かないが、三が日を恙無く(ツツガナク)過ごした後の1月4日、年始早々我ながら中々珍しい経験をしたものだ。
その“何か”の海から無事に拾い上げたケータイで更新するblogなのだが、いよいよもって夜の闇夜の隙間から朝日が登り、また徐々に深みへと沈んで行く迄のその速度と、私のリズムとの間に歪みが出て来た。
年末に再発されているであろうタモさんのCDわまだ買ってないし、去年の総括も未だ手付かず(それをするにわもう少し日数を要する)。
開いてない鏡餅もテーブルの上に転がっている。
さあさ ここいらで元居た位置に戻るとするか。
身体を進める為に踏み込んだアクセルの軽やかさと同じ様に何の抵抗もなしに体からこぼれる“何か”。
これを読んで気分を害してしまったら悪いので敢えてこれ以上詳しく書かないが、三が日を恙無く(ツツガナク)過ごした後の1月4日、年始早々我ながら中々珍しい経験をしたものだ。
その“何か”の海から無事に拾い上げたケータイで更新するblogなのだが、いよいよもって夜の闇夜の隙間から朝日が登り、また徐々に深みへと沈んで行く迄のその速度と、私のリズムとの間に歪みが出て来た。
年末に再発されているであろうタモさんのCDわまだ買ってないし、去年の総括も未だ手付かず(それをするにわもう少し日数を要する)。
開いてない鏡餅もテーブルの上に転がっている。
さあさ ここいらで元居た位置に戻るとするか。

例えば
TTUCKER PAYNE -2008年1月15日
2007年。
冬春夏秋冬と、谷九『とんこう』のさっぱり優等生でわなく、『来来亭』の如くこってり濃厚な時を過ごさせて貰た為に、SEVEN☆DAYS OSAKAにて満員御礼2008年カウントダウンを経て、お祭り騒ぎで1月1日になった瞬間、
「嗚呼、また今日から一年が始まるのかぁ…」
思いやられると言うか気が重いと言うか(笑)、折角必死にトラック一周して「よっしゃ!やっとゴールや」と倒れ込もうとした刹那
「ほなら もう一周行こか」と尻を叩かれる様な感覚。
それだけ2007年が充実してたと言う表れでもあり、喜ばしい事だと言うのは勿論身に滲みながらも、確かに生まれた感情であった。
ならば、
例えば、
あの満員電車の様なカウントダウンを成し遂げた瞬間、私わ撃ち抜かれれば良かったのか?
10余年前の某ドラマの最終回みたく背後から刃物を立てられれば本望だったのか??
いやいやそんな事ぁない(←タモリ風)、私わヘルシー指向で今日も行く。
冬春夏秋冬と、谷九『とんこう』のさっぱり優等生でわなく、『来来亭』の如くこってり濃厚な時を過ごさせて貰た為に、SEVEN☆DAYS OSAKAにて満員御礼2008年カウントダウンを経て、お祭り騒ぎで1月1日になった瞬間、
「嗚呼、また今日から一年が始まるのかぁ…」
思いやられると言うか気が重いと言うか(笑)、折角必死にトラック一周して「よっしゃ!やっとゴールや」と倒れ込もうとした刹那
「ほなら もう一周行こか」と尻を叩かれる様な感覚。
それだけ2007年が充実してたと言う表れでもあり、喜ばしい事だと言うのは勿論身に滲みながらも、確かに生まれた感情であった。
ならば、
例えば、
あの満員電車の様なカウントダウンを成し遂げた瞬間、私わ撃ち抜かれれば良かったのか?
10余年前の某ドラマの最終回みたく背後から刃物を立てられれば本望だったのか??
いやいやそんな事ぁない(←タモリ風)、私わヘルシー指向で今日も行く。

1/5/2008
TTUCKER PAYNE -2008年1月8日
飽くまでも、良い意味で大阪の行く末を憂わずにはいられない日であった。 私とTOMOKIが口を揃えて自らの知性を確認した、引いては
「所詮わ俺等わ育ちがえぇトコの子なんや」
と痛感した日であった。そんな風に思うのなんて滅多にない、少なくとも同世代でそれを感じる事等皆無に等しい。(諸先輩方にわ物凄く感じる所でわあるのだけれども。)
だが、大阪一の繁華街梅田に、集まった連中は紛れも無くそう言う連中であった。 誰が何と言おうが知らないが、はたまたそれが音に対してなのか2次元に対してなのかはどうでも良いとして、ひたすらひたむきな、マヂな凄味を発する連中が集っていたのである。
そんな中“えぇトコの子”な我々がきっちりしっかりトリを務めさせては貰ったし、そんな所謂野生な人々に
「いやいやよう言うわ、candy lickin'こそ野生やん」
とか何とか言われる事実もありながら。
とどのつまり、変に『知っ高島(しったかしま)』な部分が威張って来る感じを踏まえて、
えぇ環境に私わおる。
「所詮わ俺等わ育ちがえぇトコの子なんや」
と痛感した日であった。そんな風に思うのなんて滅多にない、少なくとも同世代でそれを感じる事等皆無に等しい。(諸先輩方にわ物凄く感じる所でわあるのだけれども。)
だが、大阪一の繁華街梅田に、集まった連中は紛れも無くそう言う連中であった。 誰が何と言おうが知らないが、はたまたそれが音に対してなのか2次元に対してなのかはどうでも良いとして、ひたすらひたむきな、マヂな凄味を発する連中が集っていたのである。
そんな中“えぇトコの子”な我々がきっちりしっかりトリを務めさせては貰ったし、そんな所謂野生な人々に
「いやいやよう言うわ、candy lickin'こそ野生やん」
とか何とか言われる事実もありながら。
とどのつまり、変に『知っ高島(しったかしま)』な部分が威張って来る感じを踏まえて、
えぇ環境に私わおる。






